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【社会】その時、歴史が分かった 江戸時代③(享保の改革~寛政の改革 化政文化)

こども未来フェス"

授業(音声があります)

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せんせい

ハイ、みんな注目! 今日は江戸時代の中盤から後半にかけて、グラグラ揺れる幕府をどうにか立て直そうとしたリーダーたちの戦いを見ていくぞ。改革は人物と名前の組み合わせ、行った内容も含めてしっかり覚えてくれよな!

享保の改革と社会の変化

 次に登場するのは老中・田沼意次。「年貢だけじゃ限界だ。商業の力で稼ごう!」と、商人の組合である株仲間を積極的に認めて、税金を取るスタイルに変えたんだ。 長崎貿易を広げたり、蝦夷地(北海道)の開発を考えたりと、かなり先進的な考えの持ち主だった。でも、商人とベッタリになりすぎて「わいろ政治」が横行。最後は浅間山の噴火による「天明のききん」の責任を押し付けられる形でクビになってしまったんだ。
 田沼の後の大混乱を任されたのが、白河藩(福島県)で奇跡の復興を成し遂げた老中・松平定信だ。寛政の改革を行った人だ。
  定信は、荒れた農村を立て直すために「農民は江戸から村へ帰れ!」と命じたんだ。さらに、商品作物の栽培を制限して、基本の米づくりに専念させたんだね。 万が一に備えて米を貯えさせる(囲米)など、守りを固める政治だったんだ。
 さらに、幕府の学校で朱子学以外の講義を禁止したんだ。 また、生活が苦しい武士を助けるために、商人への借金を帳消しにするという大胆な荒業も使ったんだ。
 このあまりの厳しさに、民衆は皮肉たっぷりの「狂歌」を詠んだんだ。

 8代将軍となった徳川吉宗享保の改革を行って、ゆるんだ政治を引き締めるために自ら率先して倹約し、幕府の財政を一時的に立て直したんだ。 庶民の声を聞くために目安箱を設置したことは有名だね。さらに、裁判が公平に行われるよう、その基準となる公事方御定書(くじがたおさだめがき)を定めて政治のルールを明確にしたんだ。また、新田開発をどんどん進め、幕府の収入を増やす工夫も凝らしたんだよ。大名たちに対しては、参勤交代を少し楽にしてあげる代わりに、幕府に米を献上させる上げ米の制というギブ・アンド・テイクの制度を導入して、ピンチを乗り切ろうとしたんだね。

 この改革が進む一方で、社会の中ではモノを作る仕組みが劇的に進化していったんだ。 18世紀ごろまでは、問屋が農民に道具や材料を貸し与えて、それぞれの家で製品を作ってもらい、その手間に応じて賃金を払う問屋制家内工業が主流だった。ところが19世紀に入ると、今度は問屋が大きな作業場(工場)を用意して、そこに労働者を集めて効率よく作業を分担させる工場制手工業(マニュファクチュア)というスタイルが登場したんだ。これはまさに、現代の工場に近い形がこの時代に芽生えていたということなんだね。
 でも、どれだけ仕組みが変わっても、自然の猛威には勝てなかった。 グラフを見ると、この時期に農民が年貢の軽減を求めて争った百姓一揆や生活に困った都市の人々が商人を襲う打ちこわしが急増しているのが分かるよね。

「傘連判状(からかされんぱんじょう)」を見れば、誰がリーダーか分からないように円形に署名して、みんなで責任を共有しようとした当時の決死の覚悟が伝わってくるはずだよ。

一問一答で確認しよう

① 幕府の財政を立て直すために「享保の改革」を行い、自ら率先して倹約に励んだ江戸幕府の8代将軍は誰か。
② 徳川吉宗が、庶民の切実な意見や願いを直接聞くために設置した箱を何というか。
③ 裁判を公平に行うための基準として、享保の改革の中で定められた法律を何というか。
④ 大名に対し、参勤交代の負担を減らす代わりに米を献上させた「ギブ・アンド・テイク」の制度を何というか。
⑤ 18世紀ごろに主流だった、問屋が農民に道具や材料を貸し与えて家で製品を作らせる仕組みを何というか。
⑥ 19世紀ごろに登場した、大きな作業場(工場)に労働者を集め、分業で製品を作らせる仕組みを何というか(カタカナ名も)。
⑦ 重い年貢などに耐えかねた農民たちが、団結して領主に軽減などを求めて起こした争いを何というか。
⑧ 生活に困った都市の人々が、米を買い占める商人の蔵などを襲った行動を何というか。

解答

徳川吉宗
② 目安箱
③ 公事方御定書(くじがたおさだめがき)
④ 上げ米の制
⑤ 問屋制家内工業
⑥ 工場制手工業(マニュファクチュア)
⑦ 百姓一揆
⑧ 打ちこわし

田沼の政治と寛政の改革

白河の 清きに魚の 住みかねて もとのにごりの 田沼恋しき

白河(定信)の政治はあまりに清らかすぎて住みづらい。多少にごっていた(わいろがあった)「田沼」の時代の方がマシだった、なんて言われちゃうほど息苦しかったんだね。

一問一答で確認しよう

① 商業の力を利用するため、株仲間を奨励して税を取る政治を行った老中は誰か。
② 田沼意次が、幕府の財政を潤すために積極的に広げようとした貿易は何か。
③ 田沼意次が失脚するきっかけの一つとなった、浅間山の噴火などが原因で起こった大飢饉を何というか。
④ 白河藩主から老中になり、改革を推し進めた人物は誰か。
⑤ ④の改革を何というか。
⑥ ⑤で幕府の学校では、(   )学以外の講義を禁止した。
⑦ 「白河の 清きに魚の 住みかねて…」と詠まれ、定信の厳しい政治を皮肉った当時の短い歌を何というか。

解答

① 田沼意次
② 長崎貿易
③ 天明のききん
④ 松平定信
⑤ 寛政の改革
⑥ 朱子学
⑦ 狂歌

江戸で花開いた「化政文化」

政治の話ばかりで少し頭が疲れちゃったかな? ここからは、江戸時代の後半にパッと花開いた、とっても華やかでエネルギッシュな町人たちの世界、「化政文化」についてお話しするぞ!

19世紀のはじめ、文化の中心はそれまでの上方(京都・大阪)から、いよいよ将軍のお膝元である「江戸」へと移ったんだ。 ここで活躍したアーティストたちは、今の時代でも超有名人ばかり。

まずは美術。葛飾北斎は「富岳三十六景」で力強い富士山を描き、歌川広重は「東海道五十三次」で情緒あふれる旅の風景を切り取った。 そして、喜多川歌麿が描く美人画は、当時の町の人たちにとってアイドルのブロマイドみたいな存在だったんだね。
文学でも、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」のような笑える旅物語や、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」みたいな壮大なアクションファンタジーが、貸本屋を通じてみんなに親しまれたんだ。世の中をちょっと皮肉った川柳や狂歌が流行したのも、江戸っ子らしい粋な遊び心だよね。

でも、盛り上がっていたのは遊びだけじゃない。実用的な学問もグングン発展したんだぞ!
本居宣長は、日本古来の伝統をしっかり見つめ直す「国学」をまとめ上げ、 杉田玄白たちは、命を救うために必死でヨーロッパの医学書を訳して「蘭学」の基礎を築いた。 そして忘れてはいけないのが伊能忠敬だ。彼はなんと、自分の足で日本中を歩いて測量し、今の地図と比べてもビックリするくらい正確な日本地図を作り上げたんだ!

政治の世界では改革だ何だと混乱が続いていたけれど、町人たちの間では、こんなにも豊かで知的な感性が磨かれていたんだね。

せんせい

下の暗記シートで確認してみよう。

No. 解説(ヒント) 重要ワードをチェック!
【化政文化:美術】
1 『富岳三十六景』で力強い富士山を描いた浮世絵師。
葛飾北斎
2 『東海道五十三次』で情緒あふれる旅の風景を描いた。
歌川広重
3 当時のアイドルのような美人画を多く残した浮世絵師。
喜多川歌麿
【化政文化:文学】
4 弥次さん喜多さんの珍道中を描いた『東海道中膝栗毛』の作者。
十返舎一九
5 壮大なアクションファンタジー『南総里見八犬伝』を書き上げた。
滝沢馬琴
【実用的な学問】
6 日本古来の伝統を研究する「国学」を大成。『古事記伝』を著した。
本居宣長
7 ヨーロッパの医学書を翻訳して『解体新書』を出版し「蘭学」を築いた。
杉田玄白
8 自分の足で日本中を歩いて測量し、極めて正確な日本地図を作った。
伊能忠敬
一問一答で確認しよう

① 19世紀、江戸で栄えた文化を何というか。
② 『富岳三十六景』で力強い富士山を描いた浮世絵師は誰か。
③ 『東海道五十三次』で情緒あふれる旅の風景を描いたのは誰か。
④ 美人画を多く残した浮世絵師は誰か。
⑤ 弥次さん喜多さんの珍道中を描いた『東海道中膝栗毛』の作者は誰か。
⑥ 『南総里見八犬伝』を書き上げたのは誰か。
⑦ 日本古来の伝統を研究する「国学」を大成し、『古事記伝』を著したのは誰か。
⑧ ヨーロッパの医学書を翻訳して『解体新書』を出版し、「蘭学」の基礎を築いたのは誰か。
⑨ 自分の足で日本中を歩いて測量し、極めて正確な日本地図を作ったのは誰か。

人名語群(ヒント)

杉田玄白 歌川広重 滝沢馬琴(曲亭馬琴) 葛飾北斎 本居宣長 喜多川歌麿 伊能忠敬 
十返舎一九 

解答

① 化政文化
② 葛飾北斎
③ 歌川広重(安藤広重)
④ 喜多川歌麿
⑤ 十返舎一九
⑥ 滝沢馬琴(曲亭馬琴)
⑦ 本居宣長
⑧ 杉田玄白
⑨ 伊能忠敬

必殺仕分け人! 次の人物は元禄? 化政?

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記述テスト
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パワポファイル

教材執筆:峯岸 武司(「みんなの学校新聞」編集長)

※詳しいプロフィールはこちら(https://j-frontiers.com/about_us)

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